米企業巨大化、株高の裏で競争の「死」?
米州総局編集委員 西村博之
2014/4/27 6:00 [有料会員限定]
再び勢いづいてきた米企業のM&A(合 保存 印刷 リプリント 共有 併・買収)。株式市場の関係者は収益力の強化をはやすが、相次ぐ巨大企業の誕生と市場の寡占化を警戒す る声も強まってきた。企業経営者と株主が笑う裏で、経済にダイナミズムをもたらす競争が死に絶える危険 はないのか。
にわかにざわついているのは、インターネットを各家庭などにつなぐブロードバンド業界。競争政策をめ ぐって米国が抱える根深い問題を浮かび上がらせた。
台風の目は米ブロードバンドとケーブルテレビの最大手コムキャスト。2月に業界2位のタイム・ワーナ ー・ケーブル(TWC)を450億ドルで買収する計画を打ち上げた。この計画に絡んで、先週末にかけ大き な動きが相次いだ。
▼議会の公聴会に出席したコムキャストとTWCの幹部らは、統合は回線利用料の高騰を招かないばかり
か、投資増で接続速度が上がるなど顧客の利益になると強調した。
▼これに映画などをネット経由で販売する米動画配信大手ネットフリックスのヘイスティング最高経営責
任者(CEO)がかみついた。21日、株主への手紙で「ブロードバンド市場における統合会社のシェアは6 割を超え、今以上に反競争的な力をもつ」と訴え統合に反対。接続業者がインターネット上で流通する情報 を平等に扱うとする「ネットワークの中立性」を揺るがすとも主張した。
▼23日、米連邦通信委員会(FCC)がネットワークの中立性にかかわる新ルールを近く発表すると米メ
ディアが報道。高速接続を求めるネットフリックスのようなコンテンツ業者から、接続業者が「商業上、理 にかなった範囲で」追加代金をとることを正式に認める内容という。
ブロードバンド問題への関心が高まっていた折りでもあり、FCCの動きに消費者団体などは「いずれ費 用は利用者に転嫁される」と猛反発。「インターネットと競争」をめぐる論争が一気に熱を帯びた。
中小のネット関連企業もいきり立つ。力のあるコンテンツ業者がお金を払って高速接続を求める動きが広 がれば、例えば資金力のない新興のゲーム会社などは顧客に十分なサービスが提供できなくなるとの心配か らだ。
新規のライバル参入が難しくなるので、コムキャストに挑んだはずのネットフリックスも、実は勝ち組に なる構図だ。結局は既存の勢力が潤い、利用者や新規参入者が犠牲になる。そんな懸念が広がっている。
米国民が、接続業者や当局に向ける疑心暗鬼も無理はない。「遅くて高い」インターネットに利用者はう んざりしている。民間調査会社の最近の分析では米国のインターネットの速度は他の先進国や多くの新興国 にも劣り、世界で31番目。世界でも有数の速さを誇る韓国からの出張者は、米国での滞在を「ネット・ホリ デー」と皮肉る。
インターネット発祥の地である米国の“転落”。その起点とされるのが2002年のFCCの決定だ。平たく言 うと「インターネットは電話(公益事業)ではない」とする内容。一般家庭などにつながる回線について、 新規参入業者への開放を義務付けないことにした。
当時は既存の銅線を無理に開放させなくても光ファイバーや無線通信、衛星通信など新技術によって多様 な接続ルートが広がると期待があった。だが、ふたを開ければ多くの利用者は既存のケーブルや通信回線に 依存。業者が投資を抑制し回線の質が高まならないなか料金だけが上がり続けた。
この裏で、着々と進んだのが業者の巨大化だ。焦点のコムキャストも、1990年代から少なくとも10回の 大型買収を経験。TWCも、5回以上の統合を経ており、両者が統合すれば20近い業者が集約されることに なる。
こうした再編が地域ごとの市場のすみ分けや、強気の価格設定を可能にし続けたのは間違いない。筆者も 頻繁な回線の切断や料金の高さから、契約しているのとは別の業者を探したところ、ほかに選択肢がないこ とが分かり驚いたことがある。
業者にとって好都合な経営環境であるのはいうまでもない。コムキャストは高収益で知られ、22日発表した1~3月期決算も売上高が前年同期比で14%増、純利益が約30%増と市場予想を大きく上回る増収増益だった。株価も過去2年にわたり市場全体を上回るペースで、ほぼ一貫して最高値を更新し続けている。
企業の巨大化が進んでいるのは確かだ。08年の金融危機後に下火になったM&Aは復活しており、何よりも1件あたりの金額が急回復している。通信や製薬、エネルギー業界などで大型の統合案件が続いているが、それを数字も裏付けている。
さらに米企業を売上高でランキングしたフォーチュン500社で、ここ10年の傾向をみたところ、売上高の大きい企業ほど、一段と大型化してたことがわかった。統合による効果が目立ち、巨大企業ほど売上高純利 益率でみた収益力も高い(上位100社が平均6.7%、下位の401~500社が同5.8%)。
経済のグローバル化が進むなか、企業の規模が増したのはある種の必然だ。企業の収益力が高まり、株高 が進むこと自体も歓迎すべきだろう。だが、その源泉が市場の寡占化と競争の不足ならば利用者や経済全体 がツケを払っていることになる。
家の中にある物の大半は、この10社がつくっている――。最近、ワシントン・ポスト紙のブログに載った 図は、米国の人々に衝撃を与えた。
飲料や食品、洗剤や薬といった多様な日用品が、実はコカ・コーラやプロクター・アンド・ギャンブル
(P&G)、クラフトといった一握りの企業の製品であることを示している。事実スーパーなどで棚に並ぶ 色とりどりの商品をつぶさに見ると、実は同じメーカーの別ブランドであることも多い。つまりは見せかけ の競争だ。
市場が大きく、規模の経済が働く米国では、もとより企業が独占や寡占を志向しがち。1890年の反トラ スト法制定以降、産業と政治は攻防を繰り広げてきた。その政治が、産業にのみ込まれつつあるとの見方が ある。
FCCの例は露骨だ。ウィーラー委員長は、FCC監督対象 であるケーブルテレビ業界と携帯電話業界の両方の業界団体ト ップをつとめていた。一方、05年までFCC会長だったパウエ ル氏はいま、同じケーブルテレビ業界のトップに就いている。 さらに携帯電話の業界団体トップには23日、元FCC委員のベ イカー氏が任命された。
要は監督当局と業界のたすき掛け。金融も含め、多くの業界 でみられる官民のリボルビング・ドア(回転扉)の究極の姿
だ。多額の政治献金やロビー活動のたまものである。
経済学の教科書によると市場メカニズムが働かず、十分な競 争がないなどの状態を「市場の失敗」と呼び、当局の介入が正 当化される。だが市場の失敗で潤った企業がその資金力にもの をいわせ、当局すらをねじ伏せつつあるとすれば、やがては米 資本主義そのものの失敗すらまねきかねない。